皆さん最終回をご覧になったでしょうか?今日は、テニプリではなく種デスについてまじめに書いていきたいと思います。ところどころ、グロイので見たくない方は直ぐに、戻るでお帰り下さい。
私は、いままでの放送を振り返り、そして最終回を見ました。この作品を最後まで見届けた私はこう思いました。 人は何を望み、何の為に生き死んでいくのだろう… 同じ命なのに、誰かの命を簡単に奪ってもいいのですか? どうして、奪うのですか?失うのですか?意味もなく… 奪っていい命なんて、失っていい命なんて、ひとつもないのに。 人は、誰もが皆等しい命なんです。自分と同じ命なのに、簡単に奪える物なのですか?そして、簡単に失える命なのですか? 人と人との醜い争い…それが戦争です。口げんかで終わるならいい・・けどわけが違うのです。そんな小さな物ではないんです。戦争は、 誰かの命を簡単に奪ってもいいそんなひどい物なのです。 自分の望みの為なら、誰かの命を奪っていいなんていうものなんです そんなのおかしいと思いませんか?自分の望みがかなうなら、犠牲をいとわない。そんなの絶対に許せません!! 誰かの命の上に成り立つ命 誰かのために失う命… 私はこんな言葉を耳にする事があります。一見綺麗に聞こえる言葉ですが、おかしいとは思いませんか?誰かの命の上に成り立つ命なんて、誰かのために失う命なんてあってはならない。自分のために生きてください。誰かじゃなくって自分ののために必死で生きてください。 上に書いた言葉の意味をこう考えるようになったのは、ステラの死を目の当たりにしたときです。彼女は「死」という言葉を恐れる子でした。誰よりも「死」を恐れていたのです。彼女は自分のために必死で生きていました。誰よりも美しく…誰よりもはかない彼女。彼女が一番私に近い存在だったのかもしれません。実際に争いのない世界なんてどこにもありません。でもそれを作り出していくのは、わたしたちなんじゃないでしょうか?未来を気付きあげていくのは私たちなんじゃないでしょうか? それから、印象に残った回は、ミーアがラクスをかばい、亡くなってしまう回。彼女は、ラクスの代わりでした。ラクス自身ではないのです。 彼女も最初はそう思っていました…でも、ラクスに整形した彼女の言葉で世界は動くのです。いとも簡単に…そして、彼女は歌手として、 ラクスとしての人生を望んでしまったのです。 でも彼女はラクスではありません。そして、いくら顔が同じでも、声が似ていてもミーアはラクスのなんてなれるはずがないんです。でも、彼女は言ったのです「私がラクス・クラインだ」と… そんな彼女をみて私は悲しくなりました。彼女は彼女のままで充分素敵な女性だったからです。ラクスの代わりになる前の彼女は一般的で平凡だったのかもしれません。でも、それでもいいじゃないですか!! あなたは、あなたのままで充分だったんですからっ充分素敵だったんですから……なのに彼女はラクスを望んだ。けれど、ラクス本人にあったミーアは初めて気づくのです。いくら、顔が声が似ていても、名前をもらったとしても、ラクス・クラインにはなれないんだと。
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テーマ:機動戦士ガンダムSEEDDESTINY - ジャンル:アニメ・コミック ![]() |
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